「菊丸。」


呼ばれた名前に、肩がびくりと震えた。




























月光。




























辺りは真っ暗で職員室といくつかの教室のみ、明かりが灯っている。

英二がゆっくりと振り返ると、いつも以上に無表情な手塚の顔。


「手塚…?」


今部室には英二と手塚の2人だけ。

他の部員は皆帰った後、いつもなら呼ばれる筈の名が呼ばれない。

心臓の音はしんとしていて、立てている筈の音が聞こえない。

嫌な予感ってこーゆー事かな。

引きつった笑みを浮かべながら英二は手塚を見た。



「別れよう。」



一瞬何を言われたのかわからなくて、驚く訳でもなく呆然と手塚を見つめる。

手塚は、本当に驚く程無表情だった。

少し時間が経って、ゆっくりと意味を理解し始めた英二は

喉の奥から吐き出すような掠れた声で一言、「何で…?」と言った。


「お前の事が、好きではなくなった。」


はっきりと、目を見つめられたまま告げられた言葉。

『好きではなくなった。』

英二の中の想いが返ってくる事が、もうない事を示す言葉。


「そ、か…。」


返す言葉も見つからなくて、英二は一度俯きそう呟く。

鼻の頭がツン、となって目の奥がじんじんと痛む。

ぐっと奥歯を強く噛みしめて、英二は顔を上げた。


「今まで、ありがとな。」


今できる精一杯の笑顔で言うと、手塚は驚いたようにほんの少しだけ目を見開く。

これを見れただけで十分だ。

そう思いながら、英二は自分のバッグを担いだ。


「じゃぁな、手塚。」


軽く手を振って部室のドアを開け、閉める。



パタン。



隔てるものがないと、縋ってしまいそうで。

嫌だ、別れたくないと、泣きついてしまいそうで。

一歩足を踏み出す度に戻りそうになる身体を、必至で前へ前へと進めていく。

背に降りかかる月光は酷く冷たく感じるけれど、その光が英二の背を押してくれる。

余計なお世話だ。

それでも、月光に照らされて英二の身体は前へ前へと。

君のいない、未来へと。





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