「ッ…。」


歩を進めながら流れたモノなど、俺は知らない。

あの人のモノとは、比べものにならない。




























月桂。




























辺りは真っ暗で、切れかけている街灯がチカチカと煩わしく光っている。

押しつけられた買い物リストを持ってイライラと歩を進めていた時。

あの人を見付けたのは、街灯と街灯の間の一番暗い場所。

気になって気になって仕方がなかったあの人。

越前は急いでいた足を止めた。


「菊丸…先輩?」


越前が声をかけた瞬間、びくりと震えた肩。

自分でも意識しない内に、表情は険しくなってゆく。


「お…チビ…。」


震えた声。

ゆっくりと振り返った彼に、越前はかすかに目を見開いた。

泣いてる。

涙は見えないけれど、薄暗くチカチカと光っている街灯が映したのは

きらきらと光る頬の筋と、真っ赤に充血した瞳。

こんな彼は、見た事がない。


「お、前…何してんだよ。こんな時間にうろうろしちゃダメだろー!!」


ベシリと微妙な音をたてて、英二は越前の頭を軽く叩いた。

いつもならする抗議さえ、今日はする気にならない。

空回り気味のテンションが越前の心臓をチクチクと刺す。


「先輩こそ、こんな時間まで何処にいたんですか。」


先輩を泣かせたのは、誰だ。

英二の充血した目をじっと見つめながら越前が言うと、英二の表情が一変した。

酷く傷付いたような、隠す気などない程の痛々しい顔。

越前には、本当は心当たりがあった。

気になって気になって仕方がなかったこの人が見つめているのは、常に一人。


「部長…。」


ビクリと再び震える肩。

英二が見つめていたのは、最強と言われる部の部長。

公言はしていないけれど、2人が想い合っているのは知っていた。

それがどれだけかというのも、見つめていればはっきりとわかる。

…だから、越前の中の感情は名前を失っていたというのに。


「おチビ…?」


目の前のこの人は、想い合っている筈の人に泣かされたというのだろうか。

越前は、ゆっくりと英二の涙の跡に触れる。

驚いたように身を引いた英二の腕を強く引き寄せ、キスをした。


「っ!!!!」


驚きに目を見開いた英二を至近距離でじっと見つめる。

動揺で震えるその指にキスを。

瞬間、否定する言葉の代わりに出た名前。


「手塚ッ…!!」


プツリ、とついに切れた蛍光灯の明かりの代わりは月桂。

神々しい程に鮮やかな光。

英二の頬に流れたモノを、きらきらと照らす光。


「奪うよ。アンタを。」

「な…」

「アンタの中の部長から。」


知ってる。

見つめていたのがたった一人だった事も、この人の中の部長からすら奪えないって事も。

…知っているけれど。

越前はいつものように不敵な笑みを浮かべて英二の腕と手を解放した。


「また明日ね、菊丸先輩。」


驚いたままの英二の横を通り過ぎて越前は歩を進める。

押しつけられた買い物リストなんて知るか。

一言、あいつに言ってやる。

そしてあの涙が笑顔に変わったなら、


月桂が照らしていた涙と一緒に流してやるよ、この想いくらい。





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