まほうのじゅもん。




























「…光一。」

「はーい!」


視線に耐えきれなくなって声をかけると、幼い子供は嬉しそうに瞳をキラキラと輝かした。

声をかけてみたものの、その瞳が何を言いたいかわからず、首を左右に振る。


「…いや、何でもない。」

「そぉ?」


俺がそう言うと、光一は少し残念そうに視線をテレビに戻した。

大きなベージュ色のソファに座って本を読んでいる俺の足下で、

俺の足にぴったりくっついて光一がテレビを見ている。

それだけであれば何でもないいつもの事なのだが、

時折ちらちらと光一が俺を見上げているのが目に映って、気になって仕方がない。

助けを求めたい相手は、生憎今は留守だ。

時計を見上げて、後2時間は帰ってこない事を悟る。


「おとーさん?」


小さくため息をつくと、光一が困ったような顔で俺を見上げてきた。

悪い癖が出た、と思いながら頭を撫でてやれば、嬉しそうに笑う。

手を離すと、光一は足下から俺の横に移動してソファの上に正座した。


「あのね、おとーさん。」

「あぁ、何だ?」


かしこまったように座ってじっとこちらを見上げ

やっと用件を言う気になったらしい光一に、本を閉じて向き直る。

それを嬉しそうにニコニコと笑いながら見ている様は、とても彼に似ていると思って少し笑った。

おそらく、いつもアレの仕草を見ているからだろう。


「用があるのだろう?光一。」

「うん。あのね、あのね?」


えへへ、と嬉しそうに足下に隠してあったらしい絵本を取り出して、俺に差し出す。

受け取りながら首を傾げると、光一が俺の膝の上に座ろうともそもそと移動を始めたので、

絵本を持ったまま腕を上げてスペースを空けてやった。


「よんで?おとーさん。」


俺の膝に乗って俺を見上げながら、嬉しそうに笑って光一はそう言う。

特に異論もなかったので、光一の前で絵本を広げて、ゆっくりと読み聞かせてやった。

物語の内容は、といえば、幼い子ぐまとその父親の話。

父親が「えいっ。」とかけ声をかけると、信号が青になったり赤になったり、星が現れたり。

不思議がる子ぐまに、大人になれば出来るようになる、と父親が言い聞かせ、一緒に家まで帰る。

帰りながらずっと何かを考えていた子ぐまが

「僕もやってみようか?一番好きな人を出すよ。」

と言って家に駆け寄り、「えいっ。」とかけ声をかけて家のドアベルを鳴らすと、

家から母親が出てきて、終わる。

そんな、柔らかい挿絵の入ったとても穏やかな絵本だった。

読み終えて絵本を閉じると、光一が俺を見上げてニーッと笑っている。

何かたくらんでいる時の顔も、アレのままだ。

血は繋がっていないというのにどうしてこうも似ているのだろう。と、微笑ましくなって笑みを返した。


「何だ、光一。」

「あのね、おとーさんのひだよ。」

「?…あぁ、そうか。」


そう言えば、と思い出して、光一を見下ろせば、

前に回した俺の腕を持って、足をぶらぶらさせながらやはり嬉しそうに笑っている。


「おとーさんのひはね、ねくたいとかあげるんだって!

 でもね、おとーさんねくたいしないでしょ?」

「そうだな。」


プロのテニスプレイヤーである俺は、ネクタイとは無縁だ。

冠婚葬祭はともかくとして、一般的なネクタイとは、全くと言っていい程縁がない。


「それにね、ねくたいっておはなよりたかかったの。」

「…そうだろうな。」


一本200円そこらのカーネーションに比べ、ネクタイなどそんなに安くあるはずもない。

おそらく彼に連れられて行ったデパートか何かで聞かされたのだろう。

頷いて返せば、光一はにへーっと笑って俺を見上げた。


「だからねだからね!

 ぼくのあげられるもので、おとーさんのいちばんほしいのをあげようとおもったの!」

「俺の、一番欲しい…?」


そう言われても、特に何も思いつかない。

それも、光一が俺に渡せるもの。

何だろうかと頭をひねる俺の腕をよいしょ、と持ち上げて、俺の膝から下りる。

それと同時にちりん、と聞き慣れた音が少し遠くからして、ととととと、と光一は玄関に向かった。


「おとーさん、はやく!」


時計を見上げても、まだ30分そこらしか経っていない。

けれど、何となく光一の言いたい事を察してソファから立ち上がって玄関に向かった。


「あ!あ!!そこ、いてね?」


わくわくと嬉しそうな顔をしている光一の言うがままに、玄関の手前で止まって待つ。


「まほうのじゅもんなんだよ!」


そう言って光一は玄関の鍵を外して、


「えいっ!」


というかけ声と共に、ドアを開けた。









開け放たれたドアの先には、

突然ドアが開いて驚きに目を見開いている英二の姿。









「え、何?どっか行くの?」

「いや…。」


満足そうかつ嬉しそうに笑っている光一と、笑いをかみ殺している俺の姿を見て、

英二は訳がわからない、と顔をしかめながら光一を促して玄関の中に入り、ドアを閉める。

手の届く距離に来た英二を、俺は前触れもなく抱き寄せた。

突然の行動に驚いて暴れようとする英二を、少し強く抱きしめて抑える。


「お帰り。」

「…はぁ?何なんだよーー!!!」


訳がわからず叫ぶ英二の背を撫でて、傍らに嬉しそうに立っていた光一に視線を落とした。


「うれしい?おとーさん。」

「あぁ、嬉しいな。」

「いちばんでしょー?」

「そうだな。」


英二を抱きしめたまま和やかに会話をしている俺と光一を見ながら、

英二は抵抗をやめて小さくため息をつく。


「…何の話だよ。」

「おかーさんはおとーさんのいちばんなんだよ!」


しってるよ!と嬉しそうに笑いながら英二の問いに答える光一を、

やっぱり意味がわからない、という視線で英二が見る。

その視線が、助けを求めるように俺に移った。


「どーゆー事?」

「お前は俺の、父の日のプレゼントだそうだ。」

「…なんだ、そりゃ。」

「光一、言ったからには守れよ。今日一日英二は俺のものだからな。」

「我慢するー!!」

「おいおいおい!!!俺の意見って無視なわけ!?」

「おかーさんはおとーさんのだもん。」


にこーっと笑って言う光一に毒気を抜かれたのか、はいはい、と言って英二は俺の肩に頭を預ける。

その髪を二度程撫でて、俺は英二を抱いていた腕を放した。


「そういう訳だ、夕食は和食で頼む。」

「はいよ。」


持っていた買い物袋を軽くあげて答えて、英二はキッチンに入って行った。

それを光一と二人で見送って、二人でリビングに戻る。


「おとーさん。まほうのじゅもんだったでしょ?」

「そうだな。しかし…。」

「う?」


きょとん、としている光一を抱き上げて、背を何度も撫でてやる。


「言っておくが、お前も俺の一番だからな。」

「…!うん!!」


嬉しそうにぎゅう、と抱き付いていた光一を抱いたままリビングのソファに座って、

夕食ができあがるまでずっとそうしていた。




























「お疲れ、国光。」

「いや。」


光一を寝かせて戻ってくれば、にこにこと笑っている英二がグラスにお茶を入れて差し出してきた。

手に持っていたものを逆に持ち直してありがたく受け取り、口を付ける。


「それ、光一?」

「あぁ。」


寝る前、ベッドの中で光一に渡されたのは、母の日と同じ、肩たたき券だった。

嬉しそうに笑っている子を見るだけで十分だと思うのは、きっと誰しもだと思う。

もらったものを見せると、やはり英二も嬉しそうに笑った。


「あーそうそう、なぁ、結局何だったわけ?昼間のアレ。」


心底不思議そうに言う英二に、ソファの上に置きっぱなしになっていた絵本を差し出した。

それをぱらぱらとめくって納得したのか、成る程、と笑っている。


「俺の鍵についてる鈴でわかったって訳ね。

 早く帰れたから驚かしてやろーって思ってたのにさー。」

「残念だったな。」


思い出し笑いをかみ殺しながら同意すると、英二がクイ、と俺の服を引っ張った。

何だろうと顔を上げると、一瞬だけ唇に熱を感じて、すぐに去る。


「…どうした。」

「父の日だから、かな?」


へへへ、と笑っている英二に、今度は俺からちゃんとキスを贈った。


「それならきちんとして欲しいものだな。」

「どうせお前がしなおすんだから良いじゃん。」


少し照れたように言う英二を抱き寄せると、昼間とは違い、抵抗なく収まる。

そうすれば互いの鼓動が聞こえる程に静かな空間になって、唯一時計の秒針の音が響いていた。


「…魔法の呪文、だそうだ。」


暫くの沈黙の後、ぽつりと呟いた俺の言葉に、少し驚いたように英二は俺を見上げる。


「えいっ!てやつ?」

「あぁ。もし俺が言えば、何が起こると思う?」

「…珍しくメルヘンチックだね、国光。」

「黙れ。」


俺の言葉に英二が小さく笑うのが肩に伝わってきた。


「そーだなー。俺が、幸せになる。かな?」

「お前が幸せになるのか。」


らしいと言えばらしい返答に俺も笑うと、ぎゅう、と英二が腕を強く回してくる。


「俺が幸せって事は、国光が幸せって事だからね。」


勿論、光一も。

にっと笑ってそう言った英二の目の端に唇を寄せながら、

それならば、唱えても良いかもしれない、と少しだけ思った。





だった2文字の、魔法の呪文を。









了。




父の日、とゆーの事で子供ネタ第3弾。
何か、普通に書くより甘さが倍増しているのは私の気のせいでしょうか…。
最後とか、ここ最近の私では有り得ない感じに甘いです…書いてて恥ずかしかった…!!
ところでこの絵本の話、知っている方いらっしゃいますかね?あるんですよ、この話。
いつ頃からいつ頃まで載っているのかはわからないのですが、少なくとも同世代の方はわかるかなーと思いつつ。
小学校の国語の教科書に載ってたんです!!大っ好きなんです、この話!可愛くて!!!
幼心に可愛いなぁぁーーーvvvと思った記憶があって、ずっと覚えてた話です。
前ジャンルでそっくりそのままネタにしたこともある。(笑)
題もそのまま『とうさんのまほう「えいっ」』なので、機会などございましたら探してみて下さいなv
挿し絵も可愛い話なのですv…といっても小学生時代のうろ覚えですがね。(汗)
ただ、絵本は絶版になっているのか知りませんが、ネット通販でも大抵購入不可になってました…。
まぁ、相変わらずラブ甘バカップルと溺愛親子って感じで★
お粗末様でしたv

2005-06-21 茶瓜。