今日の眼鏡は明日の敵。




























久しぶりに部活がない、一日丸々休み日曜日。

楽しみにしていた分、目の前にいるコイツの態度に機嫌を急降下させても俺に非はないと思う。

デートで行った本屋で、なーーんで俺の彼氏は真剣に本を読んでるんでしょうか。

確かに、本屋に行きたい、と言ったのは俺だけど、

ちょっと買ってくるから待ってて。って言ったのに、

戻ってきて俺が声を掛けてるのにも気付かない位読み耽るのは、どうかと思うよ。


「てぇーづかー手塚ー手塚ッ!!」


…無反応。

何度も何度も呼ぶ俺に、むしろ周りの人が迷惑そうに俺を見てる。

何だよ、俺が悪いみたいじゃん。

ちょっとムッとして、未だ本を読み続ける手塚の腕をグイッと掴んだ。


「少し待て。」


ところが、いいところだったのかどうなのか、返ってきたのは素っ気なさ過ぎるそんな言葉。

しかも、視線はずっと本に向けたままって辺りがかなりムカツク。


「待たない。」


そう言って手を伸ばし、手塚の眼鏡を奪ってやった。

途端、眼鏡を掛けていない迷惑そうな瞳が俺に向けられる。

さっきまで一切向けてくんなかった癖に。


「返せ、菊丸。」


その言葉に思いっきり舌を出して答えてやると、手塚は更に嫌そうな視線を俺に向ける。

しかも本を閉じる気配すらない。

そんなに読みたいなら買えよ!と言いたいのを何とか飲み込んで、

俺は手塚の眼鏡を持ったまま本屋から駆け出た。

手塚が何か叫んでた気がするけど、そんなの無視無視。

眼鏡がないと視界がぼやけて行動しにくいのは知ってるけど、

別に何も見えない訳じゃないだろうし、そんなに危なくはないだろ。

多分、ちょっとフラフラしながら本屋から出て、手塚は俺を探すはず。

いつもだったらわかんないけど、今回は人(物?)質がいるし。

そんな事を考えながら本屋から少し離れた場所にあるカフェに入って、適当に飲み物を頼む。

普段ならともかく、眼鏡がない今の状態じゃ手塚に俺は見つけられないだろう。

その様子を傍観してやろうじゃないか!と、窓際の席に陣取った。

面倒だから、携帯の電源も切っておく。

手塚の眼鏡をいじりつつなんとかラテ、とかいうのを啜りながら、

久しぶりのデートだったのにな。楽しみだったの、俺だけだったかな。と少しへこんだ。

文庫本なんて、買うとか、別の時に立ち読みするとか、何も今じゃなくて良いもんじゃね?

本なんか逃げねぇよーーーーーーー!!!と、怒りを込めて思いっきり吸えば、

飲み終わったらしく、カップがズズズズ、と音を立てた。


「菊丸?」


妙に低い声で呼ばれた自分の名字に、俺は何となく持ってた眼鏡を掛けて振り返る。


「自分眼鏡なんか掛けてなかったやろ。何やってん。」


振り返っても度がきちんと入っている眼鏡の所為でよく見えない。って、当然なんだけどさ。

眼鏡を外して裸眼で見ると、ぼやけた視界の中、氷帝の忍足が立っていた。

トレイを持って、少し驚いたようにこっちを見ている。


「忍足こそ…何やってんの?」

「カフェに入ってやることなんか決まってるやん。隣、ええ?」

「どーぞ。」


断る理由もなくて、たまたま空いてた俺の隣に忍足が座るのを

俺はまだちょっとピントのずれた目でぼうっと見ていた。

ゴシゴシと目を擦って何度か瞬きをしてやっと、ピントが合ってくる。

横を向けば、はっきりと忍足の顔が見えた。


「視力のええヤツが眼鏡なんか掛けるもんちゃうで。」

「うん。目、悪くなりそう。」


言いながら、目が悪くなったら多分、

俺は手塚にとっての俺の価値が半分以下になるだろうなーなんて考える。

青学テニス部黄金コンビ、菊丸英二じゃなくなるから。

動体視力の良さがなければ、俺のアクロバティックプレイなんて出来たもんじゃない。

出来たとしても、今の半分以下。眼鏡って邪魔だし。

下手すりゃレギュラーの座だってヤバイかも?

ちょっと悔しくなってまた目を擦った。


「擦ったらあかんて。」


ゴシゴシと擦っていた腕を何気なく取って、下ろされる。

何か慣れてるなーと思って、思わず忍足を見上げると、

忍足にとっては何でもないようで自分の飲み物を飲んでいた。

コレくらいの甲斐性っつーか、思いやりが欲しいよ、手塚にも。

小さくため息を吐いて忍足を見やる。


「何や?」

「あー何か、慣れてるなーと思って。」

「あぁ。相方が相方やからな。」

「…成る程。」

「ところでそれ。誰のや?乾…じゃないわな。」


俺の持っている眼鏡を忍足が不思議そうに見ながらそう言った。


「乾のにしたらレンズがうっすいな。何でそんなん持ってんの。」

「んー…眼鏡は俺の敵だから?」

「何や、それ。」


くるくると手の中で弄ばれている眼鏡を見ながら、忍足が少し笑う。


「眼鏡さえなけりゃ、俺こんなトコにいなくて良かったもーん。」

「さっぱりわからんな。どーゆーことや?」

「…聞いてくれる!?忍足!!」


興奮気味に目の前の机をガン!と殴った俺を見て、忍足はええよ、とまた笑った。

相手が手塚って事だけを伏せて、事情を説明する。

忍足は相づちを打ちながら俺の話を聞いてくれた。


「そら、相手が悪いな。」

「でっしょ!?もう、あったまきてさぁ!!だからコレ、人質。」

「成る程な。もー別れてええんちゃう?そんなヤツ、こっちから願い下げや!って。」

「え、や、でも、それはいくら何でも…。」


何か変な方に話が進んでる気がして、俺は戸惑いながら忍足を止めようとするけれど、

忍足は予想外で突飛な言葉を返してきた。


「そんで、俺と付き合えばええやん。」

「………は?」


なんて言った?と俺が呆然と忍足を見上げると、

人の良さそうで悪そうな笑みを浮かべた忍足が俺を見下ろしている。


「その眼鏡の相手なんか綺麗さっぱり忘れて、俺と付き合わへん?」

「…な、何言ってんだよ、お前!!」

「ええやん。大事にするで?」

「だ、だって…お、お前だって眼鏡じゃんかよ!!!」


返答に困って苦し紛れにそう言うと、隣に座っていた忍足はニヤリ、と笑った。


「残念やけど、俺のはダテやねん。」

「はぁ!?度入ってないの!?」

「せや。コレで問題ないやろ?…で、返事は?」


1cm、忍足が身体を前に動かした瞬間、


「断る。」


そう、聞き慣れた低い声が背後から響いて忍足の動作を遮る。

驚いて振り返れば、眉間にしわを深ーく刻んだ手塚が腕を組んで立っていた。

勿論、眼鏡はしていない。


「…手塚?久しぶりやなぁ。」

「勝手にうちの部員を口説かないで貰おうか。」


挨拶の言葉を遮って明らかに機嫌の悪そうな声で言う手塚に、

忍足が少し驚いたように目を見開いた。

しかしそれも一瞬のことで、忍足はむっとしたように顔をしかめて手塚を睨む。


「何や、青学は部員のプライベートまで部長が管理してんの?有り得へん。

 プライバシーの侵害やで、そりゃ。」

「うちはうちだ。口出ししないでもらおうか。」


忍足と手塚の間に火花が散っているのはきっと気のせいじゃないけれど、

俺はそれよりも気になることが出来てそれどころじゃない。


「部員…?」


ポツリ、と俺がこぼした言葉に、先に反応したのは手塚の方だった。


「菊丸?」

「何、だよ…いっつも部員部員って!!!

 じゃあ、何か?俺がテニス部辞めたらもう関係ないのかよ!!!

 テニス部じゃなかったら、忍足と付き合っても良いって事か!!」

「誰もそうは言ってはいないだろう。何を勘違いしている。」

「勘違い?何がだよ!明らかにそういう意味だろ!!!」


ついにプチン、ときて叫びまくる俺に、

眼鏡を外したままの手塚がやっぱり不機嫌そうに眉に皺を寄せている。

忍足は俺の横で、ぽかん、とこのやり取りを聞いていた。


「どうでも良いが、眼鏡を返せ。」

「ぜっっってーーー嫌だ!!!」


持っている眼鏡を握りしめてギッと睨んでやる。

どうでも良いって言いやがった、コイツ!!

相変わらず眉間にしわを寄せている手塚にはちゃんと見えてはないだろう、と

思いながらも睨んでいると、ス、と目の前に手が差し出されて視界を遮られた。


「ちょお待てや。せやったらアレか?

 さっきから菊丸の言っとった眼鏡の持ち主っちゅーのは…手塚か?」

「どの話かは知らないが、菊丸の持っている眼鏡の話だとしたら、俺だ。」

「つまり、手塚が菊丸の彼氏っちゅー事やな…?」

「…だったら、何だ。」


眉間の皺が一層深くなっている手塚を見て、忍足が何や。とつまらなそうにため息を吐く。


「良ーーーかったな、菊丸。じゅーぶん愛されてんで。」

「はぁ!?さっきの話し聞いてただろ!?どこがだよ!!!」


ギッと睨んで忍足を見上げれば、やる気のなさそうな視線と目が合った。


「そりゃ俺の台詞や。覚えてへんのかいな。自分で言うとったやろ。」

「何を!!!」

「眼鏡してないから、見付けられへんて。」

「!」


驚いて俺が押し黙ると、

忍足は、何や無駄な時間過ごした気ーすらするわ、ホンマ。とぼやいて立ち上がる。


「ま、あのことは考えといてや、菊丸。」

「だ!誰が!!!断るって言ったじゃん!!」

「菊丸からは聞いてへんよ。ほな、そーゆーことで。お先。」


小さく笑いながらそう言って、忍足はトレーを持ってさっさと店から出て行った。

途端に俺と手塚の間に流れるのは、気まずい空気。

何となく俯いた俺の腕を痛くない程度に掴んで、小さく「出るぞ。」と手塚が言った。

それに頷くだけで答えて、カップをゴミ箱に捨てる。

眼鏡を忘れそうになって、慌てて掴んで手塚と店を出た。

何となく無言でどこへ行くでもなく黙々と歩いて…先に口を開いたのは、手塚の方だった。


「すまなかった。」


ぽつり、と呟かれた言葉に、手塚の方を見る。


「お前が怒るのは、当然だと思う。」


よくよく見れば、手塚は不機嫌と言うよりはバツの悪そうな顔をしていた。

思わず立ち止まれば、それに気付いた手塚も俺を振り返って立ち止まる。


「菊丸?」

「ん、や、別に。」


可愛いと思ってしまったけど、口に出したら怒られるのがわかってるから、言わないことにする。

誤魔化すようにちょっと目線を下げながら手塚の前まで駆け寄って、眼鏡を差し出した。


「俺も、ゴメン。ちょっとやり過ぎた。」

「いや、良い。もともとは俺が本を読み耽ってしまった所為だからな。」


眼鏡を掛けながら、少し自嘲気味に笑って手塚が言う。

俺はそれに首を左右に振ることで返事をした。


「…な、手塚。どうして、俺があそこにいるってわかった?」


絶対に、見つからないと思っていた。

眼鏡のないぼやけた視界じゃ、個別判断するにも限界がある。

学校などの存在する人間が限られた場所ならともかく、人が行き交う街中では余計に。


「何となく…としか言いようがないのだがな。

 姿さえ目に入ればお前を見分けられる自信はあったが。」

「…ぼやけてても?」

「あぁ。現に、間違ってはいなかったしな。」

「そ、か。」


ヤバイなぁ。単純ってわかってても、やっぱ嬉しい。

そんな事を考えていると、手塚は何度か眼鏡の角度を変えた後、俺に正面から向き直った。


「しかし、ぼやけているよりきちんと見えた方が良いな。」

「…当たり前っしょ。」


ここでぼやけてた時の方が良いとか言われたら、流石にへこむよ。

へへ、と手塚に笑顔を向けると、手塚がやっと、穏やかな顔をした。


「ところで、アイツは何なんだ。」


と思ったら、すぐさま今度こそ間違いなく不機嫌そうな顔になる。


「忍足?たまたま会っただけ。流石にあんな事言われて焦ったけど。」

「……………断るんだろうな?」


少しの間の後に言われた言葉に、俺は流石に笑いを堪えられなくなった。

腹を抱えて大笑いしていると、手塚は訳が分からない、と眉間の皺を深くする。

だってあん時、俺が何か言う前に「断る。」って自信満々で言ったの、手塚じゃん。

ほんっと、可愛いヤツ。


「言っただろ?断るって言ったって。」

「…そうだな。」

「だーい好きだから、安心しなさいって。」


にまっと笑って告げれば、眼鏡のレンズ越しの柔らかな視線が俺を包んで、

俺は思いっきり手塚に抱きついた。


「時間、無駄にしちゃった。デートの続き!な?」

「あぁ。」


とんとん、と手塚の手が俺の背を叩いて、俺はそれを合図に身体を離す。

隣に並び直して、デート再開!

なんてったって、今日はせっかく1日休みなんだから。ね?









end.