緑と赤と、テニスボール。




























じりじりと肌を焼き付ける太陽を一度見上げて、手塚は流れ落ちる汗を拭った。

どんなにトレーニングを積んでも、夏の日差しには勝てない、と思う。

暫く坂道を上って、石が照り返す光のまぶしさに目を細めた。

ここに来るのは、久しぶりだ。


「暑いな…。」


ぽつりと呟いて、側にあった水道の蛇口をひねる。

暫く水を出し続けると、温かった水がだんだんと冷たくなって、

散ってくる飛沫の心地よさに手塚はその水に手で触れる。

持っていたものをそっと地面に下ろし、

飛沫と同じく冷たくなっていた水で汗ばんだ掌と腕を洗った。

それから、目的を思い出したように桶に水を汲む。

カタカタと軽い音を立てて尺が揺れ、

程良く溜まった所で蛇口をひねって水を止めた。

随分と重たくなった桶を持ち直して、

逆の手に落ちないよう注意しながら花を抱える。

また暫く坂を上って石で出来た古い階段を3段程上がり、

細い道を花と桶に気を付けながら歩けば、目的地にたどり着く。


「久しいな。」


一言声をかけても、返らない返事。

それでも手塚は笑みを見せる。

持っていた花と桶を地面に置き、桶と尺を持って頂上に水をかけた。


「今日は随分と暑い。この夏で最も暑い日だそうだ。

 お前も暑いだろう。日陰に移動出来ないのは不便だな。」


シャ、と、全体にかかるように尺を扱いながら、手塚は水をかけていく。

あらかた水をかけ終わると、桶の水はほとんどなくなっていて、尺はカタ、とまた軽い音を立てた。


「水と、花入れを洗ってくる。少し、待っていろ。」


そう言うと、プラスチックで出来た花入れを花立てから取り出し、

その中に入っていた枯れかかった花を、肩から提げていた鞄から出した新聞紙の上に置いて

花入れと桶を持って水道まで歩く。

少しヌル、としている花入れを洗っていると、黄色いボールが目の前に転がってきて、

それをおもわず反射的に掴んだ。

辺りを見回せば、坂の少し上から中学生位の少年2人が慌てたようにこちらに走ってくる。

背には、テニスバッグを背負っていた。


「すみません、お兄さん。ありがとうございます!!」

「何やってんだよ、バーカ。」

「うっせぇ、アホ!!!」


ぺこ、と頭を下げた少年と、それをどついて笑っている少年。

手塚が「気を付けろ。」と言ってボールを手渡してやると、

少年二人はもう一度「すみません。」と頭を下げて、またどつき合いながら坂を下りて行った。

それを暫し見送って、手塚はまた花入れを洗いに水道へ戻る。

花入れをきれいに洗い、桶に水をなみなみと汲んで元の場所へ戻った。

きれいに洗った花入れを外柵の端に落ちないように置いて、

もう一度水を頂上にかけ、取り出した布を湿らせて綺麗に汚れを落としていく。


「随分と汚れているな。…まぁ、時期が時期か。」


太陽の日差しを何にも遮られることなく受けて熱を持っているので少し熱いが、

手塚は構わず傷を付けないよう気にしながら、全てを拭き終えた。

布をきれいに洗って、自分の手も洗い、

先程の花入れに持ってきた花を二等分して入れ、中に桶の水を入れる。

それを花立てに戻して、鞄から線香とライター、ろうそくとタバコを出してそれぞれに火を付け、

石の前に供えた。


「今日は報告があるんだ…英二。」


灰色の墓石に手を合わせて、手塚は中に眠る彼に語りかける。


「引退を、してきた。これからは指導の方に回ろうと思う。

 他の職も考えたが…俺にはテニスしかないようだ。

 …今までやってこれたのは、お前のお陰だ。しきれない程、感謝している。」


そう言ったきり、暫く黙って手を合わせていると、


「手塚…?」


久しく聞く、けれど聞き慣れた声が手塚の耳に入り、手塚は顔を上げた。

振り返れば不二が柔らかい笑みを浮かべて立っている。


「英二に会いに来たの?」

「あぁ。報告に。」

「引退、したんだってね。お疲れ様。」

「あぁ。」


いつものように返事の短い手塚にふふ、と笑みをこぼして、

「もう帰るんだったら一緒に帰らない?」と、不二は言った。


「構わないが…お前も英二に会いに来たのではないのか?」

「良いんだよ。最低月に一回来てるボクの顔なんて、英二も見飽きてるだろうし。」

「そうか。」


一つ頷いて、広げていた新聞紙に枯れかかっている花をくるみ、水道の横にあったゴミ箱まで捨てに行く。

戻ってきて辺りを片付け、あとは帰るのみ、となった所で大事なことをしていないと思い出し、

手塚は持っていた桶をもう一度置いた。


「不二、少し待ってもらえるか?」

「うん?良いけど。」


返事を確認してわずかに残っていた桶の水で手を洗う。

不思議そうに見ている不二を横目に、

沢山水をかけて掃除したお陰で少し冷えている墓石に、手塚は己の額を付けた。


「愛している、英二。」


聞こえるか聞こえないか、ぎりぎりの声で呟いて、愛しげに一度墓石を撫でる。

暫くそうしたあと、置いた桶を持って不二の隣へ戻る。

少し驚いたような表情をしている不二に、「何だ。」と言って視線を向けると、

不二は少し複雑そうに笑った。


「返されたのに、与え続けるの?」


ちらり、と不二が見たのは、彼が眠っている場所。

不二の言いたいことを悟って、手塚は少し笑った。


「返されようと返されまいと、与え続けなければ忘れてしまうだろう?」

「…君が?」


彼を思う気持ちさえも、いつしか忘れてしまうというのだろうか。

不二は少しだけいつも浮かべている表情を崩して聞く。


「俺じゃない。英二は…忘れっぽいからな。」


いつかあちらに行ったときに、忘れられていては困る。

そう言った手塚に、不二は嬉しそうに笑った。


「あっちに行く頃には、手塚の方が忘れっぽくなってるよ、きっと。」

「かもしれないな。」


そんな言葉を交わしながら、上ってきた坂道をゆっくりと降りる。


コロコロコロ…コツ。


足に何かが当たる感覚に、手塚は足を止めて振り返った。

足下には、黄色いテニスボールがひとつ。

手にとって辺りを見回しても、先程のようにボールを追ってくるような姿は見つからない。

一度首を傾げて、ふと、さわさわと揺れる緑の木に目を向ける。


「…手塚?」

「あぁ、今行く。」


呼ばれた不二を振り返って、少し先にいる彼の元へ急いだ。

追いついた手塚の表情を見て、不二が不思議そうに首を傾げる。


「何か良いことあったの?手塚。」

「あぁ…そうかもしれないな。」

「なに、それ。」


くすくすと笑っている不二の横で、手塚は持っていたテニスボールを鞄の中にしまった。








『誰が忘れっぽいんだよ!手塚のおバカー。』





さわさわと揺れる緑の中に、鮮やかな、赤。









end.




*コメント*
 一万ヒット、ありがとうございます!!!!!企画第三段。
 もう、ホントホント、ありがとうございます!!
 最後は、その後・微シリアスでした。
 カウントダウン、その後…です。ごめんなさい、こんな話で。
 こんな話でも茶瓜的にはラブ甘塚菊で、感謝の気持ちいっぱいいっぱいです。ハイ。
 楽し…めないかもしれませんが、読んで下さっただけで幸せですv
 本当に、ありがとうございました!!